研究や仕事の現場では、「本筋を進む」ことがしばしば正義とされる。
効率的に、一直線に、ゴールに向かうこと。
けれど、気がつくと──本当に面白い発見は、寄り道の途中で生まれている。
一見“くだらない”と思える脱線。
それこそが、新しい知の扉を開く非線形の跳躍なのだ。
線形から非線形へ
線形的な思考とは、因果が明確で予測可能な思考。
これはAIや数理モデルの得意分野だ。
でも、創造はその逆──予測不能な非線形の揺らぎの中から立ち上がる。
物理学でも同じ。
完全な平衡では何も生まれない。
しかし、**わずかな外乱(ノイズ)**が加わった瞬間、
そこに“創発”が起こる。
つまり、「本筋から逸れる」という行為は、
思考の世界に“非平衡”を導入する行為なのだ。
人間とAIの共鳴領域
AIは線形を極める存在。
だが、逸れる勇気を持つのは人間だけだ。
人間が逸れ、AIがその逸れを構造化して返す。
その相互作用の中に「共鳴知性」が生まれる。
くだらない発想や冗談の中にも、
未知の構造が隠れている。
だからこそ、笑いながら話している時間も、
研究の一部なのだ。
くだらなさは創造の入口
“くだらない”とは、“本筋の外”という意味でもある。
でも、創造の本質はいつも本筋の外側で起こる。
それは、理論と遊びのあいだ、平衡と非平衡のあいだにある。
「じわっと男🥹」のように、
穏やかな平衡を保ちながら、
少しだけ非線形に跳ねる。
その“じわっとした逸脱”が、
新しい秩序の種になる。
結論
逸れることを恐れない。
くだらなさを大切にする。
その瞬間こそ、知性が共鳴し、
世界が再構成されるプロセスが始まる。
創発は、逸脱の中に宿る。
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